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今日から

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こんにちは!
日本セラピストスクール石川校・富山校・整体リラクゼーションドルフィンです。
お盆休みは皆さんいかがでしたか。
こういうご時世ですから遠出は避け、近場だけど行ったことないところにしてみようと思いました。
そのうちの1日、能登のお祭り会館へ。
今年はお祭り中止、2人の子供はお祭り大好きで楽しみにしていたのにとても残念がっていたところにお祭り会館が新しくできたとのことで行きたい!との猛烈アピールがあり行ってみることに。
大きいスクリーンでのビデオ上映やとても大きな祭具の展示、体験もありました。 完成して間もないのでとてもきれいで感染予防対策もされていて安心して楽しめました。
帰りにとても美味しい食事してから能登ミルクも飲んで子供らもご機嫌でした。 よかったです!
今日から日本セラピストスクール石川校・富山校・整体リラクゼーションドルフィンは通常営業になります。
今日も卒業生からの追加受講の問い合わせが数件あり、ドルフィンのお客さんからも予約いただきました。 ありがとうございます!
すでに整体師やセラピストとして現役の方々からのスキルアップや技術チェック、運営相談などがとても増えています。 みなさんポジティブに頑張っていてとても心強く嬉しく思います!
もちろん校長、スタッフ一同全力でサポートしていきます!
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自営、経営者になったきっかけ プライベート編

こんにちは!

日本セラピストスクール石川校・富山校・整体リラクゼーションドルフィンです。

先日は自営、経営者になったきっかけとなった仕事面からのことを経験談として載せてみました。

今回はプライベート面からみたものを載せようと思います。自営、開業を考えられている人の1つの経験談として参考になれば。

前職の会社員として勤務していた私は当時、社内で最も実績を上げて順調にステップアップし、新設される支店を任されるまでになりました。

支店を任された私は朝早く出勤、帰宅はおそくなり休日出勤も当たり前に。

ただ人事以外のことでは悩まされることは少なく、経常利益も順調に伸びてスタッフの方々とも結束がありやりがいは感じてました。

当時私は既婚でしたが子供はまだなく、そろそろちゃんと考える時期でしたが仕事で忙殺されるばかりの日々でした。 

男性側の育児に積極的な会社、制度、理解というものは感じられずまわりの上司を見ても忙しい時期でもないのに子供の入学式参観を諦めてたり、子供の具合が悪くても丸投げして「子供が懐かない」とぼやいたり。 同情しつつ、自分に当てはめることがどうしても考えられませんでした。

当時の上司からは「安定している職場」、「将来の幹部候補、実質幹部」、「やりがいが大きく確実にステップアップしている」と言われていました。

そのままでいれば確かにそうだったのかもしれません。 

でもそれが私が求めていたことなのか、子供や家族との今しかないような日々を投げ出しててもしていきたいことなのか? 考えるまでもありません。

仕事を第一に考えている人からみたら甘い、情ないと言われるでしょう。でも私にはどうしてもできませんでした。

将来的なこと、自分がどうしていきたいか何をしたいか自問自答しました。私は二十歳くらいの時にいわゆる「ぎっくり腰」をして以来時々再発して病院や接骨院、カイロ、マッサージなどいろいろ行きました。その時に整体に出会い、深い感銘を受け独自に調べたり勉強したりしていましたが職業としては全然考えていませんでした。 それが将来的なことを考えたときに整体師になりたいと思っていた自分に気がつきました。

とは言っても既婚で、子供のことも考えていかなけばなりません。相手方のご両親をはじめお世話になっている以上、1人で決めることはできません。まず最初に妻に相談してから義両親、最後に私の両親に相談して誰か1人でも反対、説得できなければこのまま会社員としてやっていく心構えでいました。結果快く受け入れてくれたこと、感謝しかありません。と同時に絶対に成功させる、うまくいかせなければならないと決めました。「できる、できない」ではなく「やるかやらないか」、やるからには全力で必ず成功させること。これが私のやりたいことを受け入れてくれた妻、義両親、両親に対しての恩返しだと。

そこから県内外のいろいろなスクールを検討しました。条件はちゃんと開業までいきつくことができる、開業支援があるということ。そこで当時の南浦和整体学院、現日本セラピストスクールに行きつきました。

ここで卒業、開業準備としてテナントを比較検討している最中に講師、校長にならないかとお話しを頂きました。当初は1整体師になりたいという思いから丁重に辞退するも開業準備中にいろいろな同業他店などに行った結果、思うところがあり考えを改め校長、講師推薦され研修後、講師認定証を授与され日本セラピストスクール富山校校長になりました。 協会、スクールの講師認定を受け、多大な影響を与えてくれお世話になっている本校の学院長先生には感謝しかありせん。 

まず早急にしなければいけないのは軌道にのせること。 3年間は休みは週1のみ、年末年始とGWと盆休みは最低限の日数のみと決めました。

3年後から妊活のことを考え隔週の週休2日にしました。その1年前に1日30本以上消費していたタバコ、冠婚葬祭以外でのお酒、趣味のスポーツや読書、ゲームの類は一切やめました。

2人目ができた10年目あたりから週休2日制にしました。毎日家族で食事、2人の子供と一緒に毎日お風呂にも入っています。 子供が学校や保育園に行くときは見送り、送迎しています。

私は家族との時間を過ごすことのできない職場にいることに耐えることができませんでした。

毎日顔をあわせる、子供の行事に参加する、家族でお出かけする。そういう当たり前のことを当たり前にできる仕事でいたいと思っていました。

会社員として辞職の申し出をした時、さんざん引き止められました。業績を上げていた支店のトップということもあったからでしょう。本来あったはずの多くの有休も消化されないまま最後の時を迎えました。その日、仕事帰りに直属の上司と2人で食事をしたことは忘れないだろうなと思います。

会社員から自営、経営者になってデメリットももちろんあります。 タバコも冠婚葬祭以外でのお酒も、趣味もやめてつまらなくなったんじゃないと言われることもあります。

仕事が変わり子供が産まれ、2人目も産まれ、自分を取り巻く環境は大きく変化しほんとうにいろいろなことがありました。

出産前に入院し担当医から出産後そのままNICUに行くと言われたこと(実際はギリ大丈夫でした)真夜中に子供が救急搬送されたこと数回などなど ・ ・

そうした時、一緒に家族といられたことは「今の仕事になってよかった」と心から思いました。 

自分にとって何が大切か、本当に大事なもの、ゆずれないものってあると思うんです。 それがどういったことか、なにかということは考えていかなければと思います。

現在、私は日本セラピストスクール石川校・富山校・北陸校の代表校長・院長・講師として、全国整体療法協同組合推薦のドルフィンの認定整体師・セラピストをしています。

南浦和整体学院、今の日本セラピストスクールに入校した当時は自分がそうなるなんて夢にも思っていませんでした。 

どこでどうなるかなんてわかりませんが少なくとも仕事面でもプライベート面でも整体師、セラピストになったことに後悔することはありませんでした。

これが私が自営、経営者になったきっかけであり今にいたるまでです。





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